ネコとホセ

週末は映画「岩合光昭の世界ネコ歩き」とホセ・カレーラスのリサイタルを鑑賞した。

撮影者とネコとの信頼関係が伝わってきて素晴らしい。
一年にわたって定点観測すると、世代の移り変わりの物語が得られるのだということが分かる。我々はネコたちにも(自分たちと同じように)名前を付けて個体識別しようとするが、それも追いつかないくらい次々と世代交代していく。
あくまで映画としてほのぼのした雰囲気で統一したかったからなのか、ナレーションが一部省略したり言及しないようにしている様子が面白かった。途中でいなくなったネコがいて、死んでしまったのかもしれないけど、そこには深入りしなかったり、明らかに画面に何度も映っているのにとくに取り上げないネコがいたり、生まれた子猫の父親が誰なのかについて触れなかったり・・・小さな子どもも観る映画だろうからね。大人は察しがつくことはわざわざ説明することはない、ということなんだろう。

夜は打って変わって、ヒトの営みのある一つの粋。
三大テノールの一人とも言われるホセ・カレーラス。

司会もMCもなく、進行自体は淡々としている。美しいものにただ耳を傾ける素敵な時間だった。
アンコールでは5曲も歌ってくれ、茶目っ気のある彼の人柄も感じられた。熱心なファンも多く来ていたようだ。
ホセ・カレーラスはバルセロナ出身の方なのね。ロビーのグッズ売り場ではカタルーニャへのチャリティ(独立運動のための資金か)を謳っていたし、カタルーニャの旗の意匠をあしらった横断幕を見せていたファンもいた。政治的にホットな話題に意外なところで触れた。

ZARDの「負けないで」を好きになれない理由

理由を一言でいってしまえば、綺麗事だからだ。

負けないでもう少し 最後まで走り抜けて

どうして「もう少し」などということが分かるのか。
本当に挫けてしまいそうな人に寄り添ったとき、こんな雑な励まし方はできないだろう。実にいい加減だと感じてしまう。

ただ、歌い手の人柄の良さは感じられ、坂井泉水さんはきっといい人なんだろうとは思う。それが多くの人に支持される理由の一つではあるだろう。「ちょっと落ち込んでいる」くらいのときには、心地よく響くものなのだと思う。
ただ彼女の歌声は、幾分パワーレスだ。がっちり掴んで這い上がれそうだと思わせるほどには、差し伸べてくれた手には頼り甲斐はない。

同じように人を励ます歌であれば、

  • ウルフルズ『ええねん』
  • 中島みゆき『ファイト!』
  • 森山直太朗『生きていることが辛いなら』

などが好きだ。

ウルフルズのこの歌は、バンドメンバーの復帰を祝うもの。親しく付き合ってきた濃い人間関係があってこその言葉が力を持っている。
ひたすら「ええねん」と連呼するのも心強い。励ますのは言葉そのものではない、裏打ちされた人間関係だ。
以前どこかで「『ええねん』は、“Let it be”の優れた日本語訳である」という意見を目にしたことがあるが、言い得て妙だ。“Let it be”と声をかけてくれるのは、mother Mary(聖母マリア)であるが、「ええねん」と言ってくれるは苦楽を分かち合った実在の友であるということなのだ。

中島みゆきは、苦しみのなかにいる者を甘やかさない。
結局のところは自助がなければ、苦しい状況を打開することは叶わない。かと言って、突き放しているわけではない。少し離れたところから響く声は、振り絞る力を後押しする。
諦めてはいない者に対する誠実な態度だと思われる。

苦しみもがいている者に、生半な励ましは無意味どころか逆効果だ。「お前にオレの何が分かる」と。
それを理解しつつも、苦しむ者に寄り添うためには、何ができるだろうか。森山の放つ「死ねばいい」は、外からかけてあげられるかもしれないぎりぎりの言葉だ。
また、一見すると物議をかもしそうな(実際批判が巻き起こったようだが)言葉遣いは、当事者の苦しみを理解し寄り添おうとせずに、無責任に(「あきらめるな」「がんばれ」などと)綺麗事ばかり投げてくる連中に対する怒りの代弁である。

運慶展

東京国立博物館で開催されている「運慶展」を観てきた。

如来像より、四天王像の方が、それよりさらに実在人物をモデルにした像の方が、実在感が強くより面白かった。
いわゆる「仏像」と聞いて思い浮かべる大日如来や観音菩薩は、どれも穏やかな表情として彫り出されているために面白みに欠ける。それよりも四天王像の方が、表情にもポーズにも動きがあって楽しめる。
もっと知識があれば、如来像も微妙な表現の違いを理解できて楽しめるようになるのかもしれないとは思った。

白眉は無著像だった。
顳顬や手の甲に浮き出た血管まで繊細に掘り出されていて、嘆息するほど見事な技が感じられると同時に、像全体としてそこに血の通った人間が立っているかような存在感を放っている。相対すれば温かい人柄まで感じられそうな佇まいである。

運慶の父である康慶は、法相宗の祖なる僧侶たちの坐像を彫っている(法相六祖坐像)が、これもまた実に見事に個性的に彫り上げており、ずっと観ていても飽きることがない。人間への深い観察と、慈しみとでも言えそうな関心を汲み取ることができる。

運慶作の無著像・世親像からは、高い技術とともに慈しみに満ちた人間への眼差しをも、師である父親から受け継いだであろうことが感じ取れた。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』の予約は直前でも諦めない

先日イタリアを旅行したが、旅のハイライトは何と行ってもレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』であった。感想は他日書くとして、この歴史的絵画を観るための方法を書き残しておきたい。

続きを読む

秘密の質問あるいは合言葉を、適切に設定することについての考察

ネットバンキングなどのアカウントの本人確認のためのシステムである。
パスワードの再発行やいつもと違う端末からアクセスしたときに聞かれるアレである。

アカウント発行の際に、質問文を選び(あるいは一方的に指定され)それに対する回答を「正解」として登録する。この質問に正しく答えることで本人認証になるというのだが、当の本人がさっぱり質問に答えられないという事態はありがちだ。

そういう場合だいたい、ユーザーの質問と回答の選び方に考慮が足りないのだ。あるいは、サービス提供側の質問文の用意の仕方も不適切なこともある。
秘密の質問あるいは合言葉がいざ必要になったときに、適切に運用されるような質問と回答の登録の仕方について考えてみる。

続きを読む

動画をVLC Playerで連続的に静止画像として書き出す方法

とある案件で背景で動画を再生させたいという要望があった。
PCでは普通にvideoタグで再生させれば良いが、スマートフォンだと動画の再生はフルスクリーンになってしまうし、そもそもタップなどユーザーのアクションがないと再生させられない。こういうというときに、実装する方法は2つある。

  • Gifアニメを使う
  • スプライト画像を用意して、JavaScriptでパラパラ漫画のように再生する

今回はスクロールインしたときだけ再生するというように、再生を制御したかったので後者で実装することになった。
さてここで、動画を連続した静止画として書き出す必要がある。この方法が調べてもなかなか出てこなかったので書いておきたい。

使う再生ソフトはVLC Player 無料である。MacでもWindowsでも使えるが、Mac版の操作手順を解説する。Windows版も同じようなものだと思う。ちなみに表示が英語版なので、推測の日本語表記も書いておく。

Preferences (環境設定)> Interface (インターフェース)タブ > show All(全部見る)

Video > Filters > Scene Filter

“Recording ratio”には、何コマごとに画像として書き出すかを指定する。小さいと再生した時に滑らかな動きになる一方で、ファイル数は多くなる。大きいと再生が粗い(動きがカクカク)一方で、ファイル数を抑えられる。
“Directory path Prefix”は保存先ディレクトリを指定する。

左メニューから Filters > Scene video filter にチェック > Save(保存)

あとは動画を再生すれば、連続したコマ送りの静止画が指定ディレクトリに保存される。
書き出し作業を終わった時は、Scene video filterのチェックを外すことをお忘れなく。

ミュシャは、芸術か、ポスターか

先日、国立新美術館で開催されている『ミュシャ展』を観た。

ミュシャ展のチケットと作品目録

ミュシャ展はそれなりの頻度であるような気がするけれど、今回の展覧会はいつもと違うらしいと聞いていた。ミュシャといえば小綺麗で洒落たポスター風絵画を思い浮かべる。好きな人は結構多い気がするし、私も嫌いではない。数年前のミュシャ展では気に入った絵のポストカードを何枚か購入した。でも、何度も足を運んで見るようなものでもなく、正直なところ一度見た絵は次は本物じゃなくてもいいよねという感じがする。ミュシャの絵は美しいけれど、強度が足りない、そんな印象。でも今回の展覧会は違うらしい。

続きを読む

結婚するなら条件闘争の壁を越えなければならない

中学時代の同級生と再会した。
彼は、中学の同級生のなかで今でも親交のある唯一の友人。地元の企業に勤めているが、二年間の出向で東京に来ている。
会うのは彼が上京してすぐの4月以来だ。

東京での仕事ぶりを一通り聞いたあとは、結婚の話になった。どうやら婚活に励んでいるらしい。
婚活パーティーのようなところに顔を出し、女性と連絡先を交換して数回デートをするものの、突如向こうからの連絡が途絶えるというケースが何度も続いていて、成果は芳しくない様子。安定した職に就ているし、仕事ぶりも人柄も真面目だし、会話も普通にできるので、結婚相手の条件としては悪くないが、いかんせん二年過ぎると地元へ帰ってしまうというのが相当ネックなのだろうと思う。彼は予め自分が二年後には地元に帰ることを相手の女性に明言しているらしく(これ自体は誠実な態度で素敵だと思う)、それを理解してもらった上でその後の連絡やデートをしているので、音信不通になってしまう原因を把握しきれないで困っているようだ。

婚活はすぐれて条件闘争である。少しでもより好条件の人が現れる蓋然性が高ければ、選択は見送られてしまう。彼の成果の上がらなさは、(何か決定的なミスがあるというわけではなく)結局そういうことなのだと思う。
そして、他にもっと良い条件の人に巡り合える可能性は原理的には存在し続ける以上、選択は常に妥協的であらざるを得ない。はたしてこのように成された人生の選択は、幸福に結びつくだろうか。

そもそもなぜ結婚したいのかと問うと、「体裁がある」という答えが返ってきた。
職場でも実家でもまだ結婚しないのか訊かれるし、会社の出世には妻帯者であることが暗黙の条件のようであるらしい、ということだそうだ。また、(半分冗談だと思うが)このまま独り身で孤独死するのも厭だとも言う。
結局のところ結婚そのものにはあまり興味がないのではないかと尋ねると、彼は否定しなかった。
なら、やめればいいじゃん、である。

しかし、結婚するという規定路線を外れるつもりはなさそうなので、それでも結婚しようとするのであれば、条件闘争の壁を超えなければならないだろうと思う。
出会いの入り口がどうであれ、値踏みし合うのではない関係性を生み出せれば、選択の有り様は大きく変わる。二人で過ごすことで覚える感動であるとか共感であるとか、相手に対するもしくは相手からの好意や強い関心であるとかがあれば、きっと条件闘争の壁を乗り越えていける。
条件の善し悪しに還元できないような、あるいは条件比較すること自体が吹き飛ぶような要因で相手を選ぶ時、それは比較検討した末の妥協ではない、絶対的な選択である。そして、幸福とはそのような選択にこそ宿るはずだ。

毎日歌壇に掲載された

もう先週のことになってしまうのだけど、毎日歌壇に一ヶ月くらい前に投稿した短歌が加藤治郎氏撰で掲載された。

僕たちに切り札なんかありゃしない ほらJokerがまつりごとを説く

もちろんトランプ次期大統領のことである。
詠んだ時は投票の一週間ほど前で、ヒラリーが優勢という情勢で、私もヒラリーが勝つだろう(それはそれで面白くないけど)と思っていた。だが、蓋を開けてみるとJokerがPresidentになっちゃうというわけである。

この歌は、仲間と毎月やっている歌会のために詠んだもので、「祭り」がテーマだった。
だが、引きこもって仕事ばかりしていたので、とても祭りについて思いを巡らせる気分ではなかったので、テーマを「まつりごと」に読み替えて時々ネタを題材にして詠んだ。

大統領選を見ていて改めて思ったのが、政治(まつりごと)はまさに祭りであるということだ。ああやって、時々日常的に溜まった不満をガス抜きすることで社会の秩序を維持している。
トランプはやはりJokerだと思うけれども、彼に投票したくなってしまうほど追い詰められたり、強い不満を持っている人々が一定程度存在するということは無視できないし、耳に心地よいことを吹聴する氏を切り札として持ち上げてしまう彼らを愚かであると嗤うことも私にはできない。ただのガス抜きでは済まなくなるくらいに社会が混乱しないよう、追い詰められた人々に配慮を示す社会であってほしい。

iPhoneをiCloudから復元するときに旧Apple IDでハマった

今年の4月に機種変更したばかりのiPhone6、ポケモンGOをプレイ中に地面に落下させたところ、効果は抜群だ…ディスプレイを割ってしまった。挙動に問題はなかったが、ディスプレイを交換しようと表参道のApple Storeへ。

ディスプレイ交換の予定が、基盤に問題ありとのことで、新品交換となった。データはiCloudにバックアップしていたので、iCloud復元を試みる。ここで問題発生。

AppStoreで取得したアプリの復元のために、古い(変更前の)Apple IDでパスワード認証を求められた。今のApple IDのパスワードを入力しても受け付けてくれない(IDが違うんだから当たり前か)。どうしようもないので、パスワードを変更することにする。メールでパスワード変更ページを送信してもらってパスワード変更しても、認証画面では相変わらず古いApple IDのパスワードを要求されるのでクリアできない。そこでセキュリティ質問に答えることで、(必要もないのに)パスワード変更して先へ進む。

すると次は、「iCloude設定をアップデート中…」という表示のまま、延々と処理が進まない。
シャットダウン・再起動を(パスワード変更も)何度か繰り返したが、同じところで止まってしまう。

結果として、アプリの復元のための古い(変更前の)Apple IDの認証を求められたときに、それをスキップすることでiCloud復元を正常に完了することができた。
検索した結果では、状況は違うけれども以下が参考になった。
アプリのアップデートが、出来ない。

要するに、旧Apple IDでダウンロードしたアプリは、Apple ID変更後も未だに古いApple IDに紐付いているために、そのようなアプリを操作する場面では旧Apple IDで認証要求がされるということのようだ。その認証要求にまともに答えるのではなく、アプリとIDとの紐付けを更新してやらないといけないようだ。iCloud復元時は、旧Apple IDはスキップしてしまって、それで復元されないアプリがあれば、個別に手動でダウンロードしてやればよいという話か。
正確ではないにしろ大筋正しい気がする。

はっきり言ってこれはバグに近い仕様だと思うので、改善を期待したい。